9年目を前にして…
あてもなく、心を血だらけにしたまま彷徨う、夜の街並…
ふと気付けば、この場所の前に来ていました。
振り返れば2003年の8月某日、この場所でファーストコンタクトをとったことが契機となって、インストユニット"Freaky Jammin''は結成始動しました。それはイコール俺にとっては初の、パーマネントメンバーとしてのバンド活動の始まりでした。このミスドは、始まりの場所なんですよね。
あれからもう8年が過ぎようとしています。
途中通算2年ほど活動が停止していた時期がありましたが、ユニットはバンドへと発展し、現在も継続…
しとるのかな…
昨年の夏を最後に、FJは活動を長期停止しとる最中に今、あります。すべて俺が悪いがゆえ、とだけ綴っときましょう。
努力してどうにかなる才能と、努力しても天性的なもんでどうにもならん才能と、音楽においてはことに二分化されると思うんですが、俺のベースはどうあがいても後者なんだ、ということに昨年嫌というほど気付かされて、以降、俺は楽器が手に取れなくなりました。どうせ手に取ったところで、のびしろなんかありゃせんのだし…そう心が感じた瞬間から一気にモチベーションも下がり、どうにも救われんところまで精神が荒んで…
ある日のリハで、俺が作ったアンプのセッティングにメンバーからコンプレッションを大きくかけられたことがあったんですが、それがすべてを物語ってますよね…ベースプレイヤーにとって他者から最も干渉されたくない領域がこの、コンプを深められること。そんな、本来起こっちゃならんことが実際に起こった。俺が能無しだからそんなことが起こる。
そんな俺さえおらんかったら、このバンドは間違いなく飛躍的に伸びていける。諸問題の殆ども解決するであろう。ついでに言えば、オーディエンスの殆ども俺がおらんくなったら諸手を挙げて喜ぶだろう。ちゃんとした音楽を聴けるようになる。バンドに未来を灯し続けるなら、これが最善の術なのは間違いない。
9年目を前にして思うこと。
俺は潔く才能の無さを認め去るべきか、それとも非難と嘲笑を矢面に受けボロボロになりながらも留まるべきか…
…そういえばここでのファーストコンタクトも、俺の方からアプローチしたんだよな…ホント自分の無能無知さを知らずってのは怖いよな、知らんかったからこそ自らがアクティヴに動いてモーション投げかけられたんだろうな、厚顔無恥もえぇとこじゃったねワシ…そっから8年やってきたけど、俺はいっそ成長できんかったどころか、どんどん衰退していったよね…あの頃の俺が今の(あの頃からみれば未来の、ですが)俺を見たら、一体どんな想いを抱くのかな…
はじまりの地を目にした時、そんな感情が一気に脳裏を駆け巡って、心の底からつらくなった。
いつから俺はこんなに、情けない男に成り下がっちまったんだろう…
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