2011年12月31日

2011年を振り返る

ぶっちゃけ今日が大晦日という感覚が全然ないんですが、んまぁ暦の上では今日で2011年も終わり。

んなわけで。
2011年の私的出来事BEST 10

(ランク云々抜き:東日本大震災)
第二位:2年9ヶ月ぶりに沖縄再訪(8月)
第三位:虚無に憎悪が加わった日常
第四位:皆既月食、三度目の正直で遂に目撃(12月)
第五位:愛車のりかえ(10月)
第六位:母校に科目履修生として復学
第七位:twitterを始める
第八位:現職継続=就活は当然全敗
第九位:その現職へのベクトルが薄らぎ始めたこと
第十位:マクロスフロンティア今更ながら大ブレイク(笑)

*なお( )のないTOPICに関しては、通年の出来事

んまぁこんな感じで…
昨年以上にひどい一年だった次第です。
多くは語らんが、本当にすさまじく酷い毎日で、ぶっちゃけ、死のうと何度思ったことか…そこまで追いつめられながらの日々でした。

んまぁ、死なんけどね 笑

唯一の居場所だった現職。
これもね、3シーズン目の携わりを通して、気持ち・情熱がね…何と言うか、ここでどんなに真摯に仕事して貢献してきたとしても、所詮はこの組織下ではいつまでたっても最も下っ端である現在の身分からは抜けられん、という現実が痛いほどに俺の心を圧迫するようになってきて…辞めてやろうと何度思ったことか…

仕事においてもただの便利屋に成り下がっちまって、いち人間としての価値も軽んじてみられるようになってきた現状にある俺の存在が、心の底から許せなくなって…メンタルがしんどいときは本当に手のつけようのない心中でした。ただ不幸中の幸いというべきか、俺の中には「私的な感情・私的な事柄を仕事には持って入らない」というとりきめをこれまでずっと守り通してきててね…そんなクソみたいな信念のおかげで、仕事に穴をあけることなく勤め上げるに至りました。ホント、ボロボロになりながらの完走でしたね。心の中で数多くのくそまんばいな事柄睨み倒しながら駆け抜けた一年でしたね。

逆に言えばそこを挫けず乗り切ったことで、人間としては一回りたくましくなれたのかもしれん。が、別の見方をすればそういったストレスやらフラストレーションやらを消化相殺しきれない状態で日々を暮らしてたということでもあり、心的には相当にヤラレまくっとったのも、想像に難くない。よく潰れんかったと思う。よく自傷に走らんかったとも思う。

勿論それは仕事に限らず。
今年は何から何まで機能せんかったし、何から何まで見るもの聞くものすべてにハラが立ってしょうがなかった。

今振り返っても、クソみたいなことばかりしか思い浮かばん。俺を見限ったも同然な感じで離れていった、近くの人脈のこと。精神状態のひどさと特定疾患既往歴有なのを拾い上げて、望んでもいねぇのにカウンセリング受けさせられたり、障害者雇用手続きをとらせた地元のクソハローワークのこと等々…

特にハローワークでの一件は、ありえんぐらいに最悪だった。
そういう扱いになるんであれば、失業した時に言うべきだろうに、二年半も求職活動で泳がせておいた挙げ句の突き落とし。失業無職者のことなど人とは思っちゃおらんのだろうこいつらは。あれを契機に折角立ち直りかけてたメンタルが、一気に奈落の底に叩き落とされたわけだから。全国のハローワークがこんな感じではないであろうが、少なくともこの街のハローワークは酷いなんてもんじゃねぇ。こんな仕事で給料のうのうともらっとること事態に、ものすごく憤りを覚えるぜ。

そして。
そういった「俺の未来を暗く貶める要素」のすべてに共通していること。
それは、それらが今住んどるこの、クソ故郷で起こっとることであるということ。

つまりは、この地と俺・この地の人間の大半と俺は、一生相容れんというのを、今年は例年以上に改めて痛感したということでもある。

来年こそは…最低でもこのクソ故郷から離脱してぇな。この地にはぶっちゃけ、俺にとっては、人間ダメにする要素と空気しか存在しとらん。つまりはここに居る限り、俺はいつまでたっても負け犬屈折者のまま…

「大嫌いじゃこんな街」
一時口癖のように、文面でも綴っておりましたが、ホントこの2011年をこの街で暮らしてきてそれが確固たるもんになりましたね!

さて。
今年は世間的にみても、東日本大震災という、未曾有の大災害がありました。
大震災を通して、国内外の情勢というものに対して、例年以上に敏感に注目し考察してきた一年だったとも言えます。

第二位にあげてますが、沖縄を訪ねたことも、そういった考えを深める契機ともなりましたね。しかし沖縄は、それ以上に大きな「生き抜くチカラ」を俺にくれました。ホント、生き地獄も同然だった今年にあって、この沖縄は本当に心から、行ってよかったと思ってる。

今だから話すが、この再訪を契機に、俺、沖縄への移住を本格的に考えてた時期もありました(今でもそれは諦めていません)。が、それこそハローワークの求人情報などを見る限り、雇用の情勢は本州等よりも厳しく、またそのことを職業相談にて話したら…このクソ街ハローワーク職員どもは鼻で笑いやがったんだよ!そして例の特定疾患の件を持ち出し、お前には無理だと…どこまで人の希望をへし折れば気がすむのかコイツらは…

なっ。
こんなクソ故郷に居ることが、何のメリットになろうかと。

さて長々と書いてきましたが。
今年は昨年の上塗りでの負け倒し&ストレス背負い込みまくりだったわけですが、そのおかげでわかったことがふたつ。

ひとつは、潰されそうなほどストレス抱え込んでも、人間ってのはそう簡単にはくたばらんのだな、ってこと。

そしてもうひとつは、フルボッコで殴られ続けたことで、少しは世の流れに対して打たれ強くなったかな、ってこと。

酷いことだらけだったこんな一年でも、人間は生きてるだけで、少しずつ成長していけるんだな、と感じました。

来年は、人のために尽くしても自分には何も残らない=人のために世のために心身すり減らしてばかり、そんな現状から脱却することをまず考えます。自分自身があまりにもしあわせになれてない現在の状況は、どうみても異常事態ですからね。

自分自身のこと、俺はぶっ殺してやりたいぐらい大嫌いなんですが(笑)、来年は少しは自分のことをいたわってやれたらな、そう考えてます。

そのためにも、何としてでも…
このクソ故郷を足蹴にして、旅立たんとな俺は!

今年があまりにもひどかったから、あとは上がっていくだけ。
2012年は自己中と言われようがカスと言われようが、俺の良いように生きていくつもりだ。

殆どすべてを失ったこんな俺に対しても、あたたかな手をさしのべたりつながりを持ち続けたりしてくれてる方々への感謝の念ほど大事にして、やっていくよ。そうした「新たな人脈」と出会うことができたこと。焦土のような現在の俺。その焦土の中から新たなひろがりがと言う名の種子が芽生えはじめている、そんな予兆を感じさせてくれたtwitterは、ホント始めて良かったなと思ってます。

頼れるのは、自分だけだからな。
いろんなもんを見定める・見切る・見極めるチカラを問われそうな一年と、2012年はなりそうだ。

2011.12.31 "Mr.IRONY"Kei Terao


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